​小さくて弱い存在のために
​海風副代表 大塚充朗

不思議な縁で代表・相原と繋がったことから、この度の政治団体立ち上げのメンバーと相成りました。
副代表を務めます大塚と申します。

さて、代表から「所信表明を書け」と言われたのですが、政治を通じて実現したいことが沢山ありすぎてなかなか整理がつきません。
ただとにかく弱くて小さな声を聞き逃したくありません。
パワフルな人たち、声の大きな人たちは自らの力で現代社会を突き進んでゆくことが出来るでしょう。
けれど、ちょっと立ち止まって考えたいのです。
自らの出自や環境、性別、病気やハンディキャップ、体質や体格など、自分ではどうにもならない事に起因する問題に苦しんでいる人たちが沢山いることを忘れたくないのです。

ある人が「我々は税金を払っているのだから政治に口出しする権利がある」と仰いました。


そうではありません。


たった今生まれたばかりの赤ん坊から、今まさに今際の時を迎えようとしている老人まで、全ての日本人に権利がある。それが主権在民であり、立憲主義の民主主義国家としてのあるべき姿です。
全ての国民が自らの幸福を希求する権利を持っているのです。
そして政治は国民の暮らしそのものなのです。

フェラーリがバンバン売れる一方で餓死者が出る。そんな歪な状態にあるのが私たちの暮らす日本という国です。


富を手にした人々が更なる冨を求めて前進することを妨げません。
ただその際に誰かを踏みにじっているのだとしたら、そのことについて考えたいのです。

世界は不公平なものです。


代々政治家である家に生まれて経済的困窮を経験せずに日本の要職に就くことができる方々がいる一方で、ネグレクトや貧困で一般的なスタートラインに立つことすら困難な方々もいます。
そのような不公平を少しでも緩和することが政治の役目だと思います。
そして自分ではどうにもならない環境でもがく人々を養分として吸収して、それを糧に更なる富を手にする振る舞いに待ったをかけることもまた政治の役割です。

たまたま現代の日本に生を受けた。
たまたま健康に育った。
たまたま生家が裕福だった。

これは本人の努力とは関係がありません。
それを享受する方々に悪意を持って敵対するものではありません。
けれど、これらが全て偶然であることを心の片隅に置いておいて欲しいのです。
そして同じように偶然にも全てがこの逆の人々が存在することを決して忘れてはいけないのです。

僕は怠け者が幸せに生涯を終えることができる社会を望んでいます。
何かの才能に恵まれることもなく、特別な容姿や財産が用意されることもなかった普通の人が、血眼になってガムシャラに努力せずとも、偶然この世に生まれたことを喜び、生まれてきて良かった、楽しかったと思いながら生涯を閉じる。
自分ではどうにもならない出自に囚われずに生まれた喜びを謳歌する。
それを許容する懐の深い社会であって欲しいと願っています。

私たちの暮らす日本という国が、誰かの悲しみの上に立つ砂上の楼閣では困るのです。
国民一人ひとりが生の喜びを謳歌できることがこの国の基盤であって欲しい。


誰かに搾取されたり不利益を強要されたりすることを良しとせず、全ての国民が幸せに微笑んでいる国でありたい。
青臭い理想論だということは重々承知の上で、これを僕の所信表明といたします。